「…それでさーまたその時の悲鳴が傑作でさあ」
「……」
「『ギュアッ!』なんてまるで蟹が潰れた時みたいな…おい、ちょっと、聞いてる?僕は君のリクエストを受けてこうして日常の小ネ…いや、心に残ったエピソードを喋っているわけなんだけど」
 ハヤトの抗議にジャックは答えず、そっぽを向いたままちらりと目だけをこちらに向けた。とりあえず聞いてはいる、という意思表示のようだ。しかしその返答は当然ハヤトを満足させるには足りず、ハヤトは頬を膨らませたおよそ年齢にそぐわないむくれ方をしてなんだよまったく張り合いがないなあと文句を重ねた。
「…………」
 そのまま、なんとなく沈黙が落ちた。
 屋上には今日も、遮るもののない風が、赴くままに流れている。こうして陽が出ている内は分かりにくいが、その宿す温度は日増しに冷たくなり続けていた。頭上に散らばる雲のかけらが、この位置から見ても高い。
 少し離れた位置に座った白色の髪の少年は、その雲を見ていた。
 彼はよくそうしている。
 空と雲とに限らず、この場所から周囲に見えるものを、特に目当てがある風でもなくずっと眺め続けている。
 まるでそれがとても重要で、重大なことであるかのように。
 だからハヤトは、こうして会話が途切れた時などに、つい釣られて彼の視線の先を追ってしまった。そこに見えるのは、ハヤトにとっては特に何があるわけでもない、空と街と人々との風景でしかなかったのだが。
 ここに何が見えているんだろう。
 それとも案外、何も見えていないんだろうか。
 それは、わからないことだった。
 当たり前だ。他人の考えている本当のところなんて、感じている実際の感覚なんて、頭を覗いてでもみないとわからない。いや、覗いたって、結局、わからないのかもしれないが。
 いくら、知りたいと望んだところで。
 本当の本当に理解することなんて、できないんだろう。
 …だけど。
(それでも、聞いてみても、いいだろうか?)
 そうすれば、わかるんだろうか。
 一端でも、一片でも。
 本当のところが。
 本当の、気持ちが。
「…ねえ」
(だったら)
 聞いてみても、
 いいだろうか?




「君は、あの人を殺すの?」





 言葉はそんな風にして、まるでなんでもないような振りをして、するりと唇を滑り落ちていった。