14.


 何が…
 何が、起こってるんだ?
 目の前の出来事が、うまく飲み込めない。
 僕はここに来なければならないと思って、
 あいつの所に行かなきゃと思って、
 そして――
 そして何が起こった?
 今、こちらに向かって歩いてくる―――
 こいつは、一体、
 誰なんだ?






「―――何ぼけっとしてんだっ!!!」




 肩が、強く後ろに引かれた。
 ほぼ同時に、狭まった視界に割り込むように、色鮮やかな影が現れる。その背中は、もちろん見慣れたものだった。

「ユンタさん!」

「よーす、ハヤト」派手なTシャツの肩ごしに、浅黒い横顔が笑う。「『なんとか間に合ったな』ってみたいなやつ?ひゅー、かっこよくなーい、俺達って」
「馬鹿言ってんな」
 肩に置かれたままの手を辿って背後を見ると、眉間に皺を寄せたリュータと目が合った。こちらを見返す視線が厳しい。どうも責められているように感じて、未だに混乱の覚めていないハヤトがどぎまぎしていると、頬をぺしりと叩かれ、しゃんとしろ、と声が飛んだ。
「リュータさん…え、ええと」
「ええとじゃねえ。寝呆けてる場合かよ、お前―――」
 リュータは、険しい目付きをそのままに、壁のように立ちはだかったままのユンタの背中の向こうを睨んだ。

「殺されるとこだったぞ」

 すっ、と血が引くのを感じた。
 視線をゆっくりと向けると―――その背の先で、笑みを浮かべた顔とぶつかる。にやにやと、この状況が面白くてたまらないと言った風の、笑み。乱入してきた二人には一度も一瞥もくれず。ただ、ハヤトを見続けている―――
 その、金色の瞳で。
「惜しかったなあ」
 『そいつ』は言う。あくまで愉快そうに。
 ―――聞き慣れたはずの声で。聞き慣れない口調で。
「もうちょっとで…こう、キュッといってやれたんだが。中々にタイミングが良いよお前達は、いやまさに、『なんとか間に合ったな』って奴だ。…俺にとっちゃ、残念至極だけど」
 片手でなにがしかを捻るような剣呑な動作をしながら、不自然な程に明るく、不気味な程に屈託なく『そいつ』は浮かべた笑みを深める。
 闇に新和する烏羽の髪が、思い出したように吹き付けた夜風に揺れて。
「そりゃー生憎なこって」ユンタが軽く答える。リュータが無言のまま肩の手の力を強めた。
「しっかし…何、イメチェン?それ。ちょっと見ない間にずいぶんと思い切ったもんさね。いろんな色とか、全然まったく正反対じゃんか、前と」
「いーだろ?なんつっても俺もお年頃だからさー、今までの自分を脱ぎ捨てたくってたまんないワケよ。変身願望っての?
 実際、今の方がイケてると思わねえ?なあ、ハヤト君」
「…誰だ、お前は」
 喉をついて出た自分自身の声の低さに、ハヤトは自分でも少なからず驚いた。しかしそれもどこか遠い場所での感覚で、縫い留めたように離せない視線の先、こちらの刺すような凝視もまるで意に介さず見返してくる―――その存在に、背中がざわざわとわななくのを感じていた。
 あまりにも、凶々しい。あまりにも、不吉な。
「誰だ、とは随分とご挨拶だな、おい。『俺』は『俺』だよ、今までもこれからもそうだ。見てただろ?ずっと変わらないさ」
「ふざけるな」
 言葉が震える。恐れではない。憤りに。ユンタが体を半身に傾けてこちらを見た。

「あいつを―――
 ジャックをどこへやった!」

「俺が、ジャックだよ」


「嘘だあぁっ!!」


 夜闇に響いた絶叫を―――しかし、黒髪の少年は、顎をゆるく引くだけの動作で受け止める。
 口元の笑みは、そのままに。
「嘘じゃあないさ。…お前だって本当は薄々理解してるだろ?」
 『そいつ』は―――その掌を、ゆっくりとした動作で、自分の胸へと押し当てた。

「『ここにいる』のが、『ジャック』だと」

 ハヤトは黙り込んだ。