「うぉ」
「…!」
 『現場』を目にして二人はそれぞれの反応を示した。ある一点を中心にしてアスファルトには周りの闇よりも一段階黒い蟠りが広がっている。それが地面が焦げた痕だということが、周りに漂う霞のような煙と焦げ臭い匂いで判断できた。そしてその中心、どんな力が働いたというのかその異様な状況の発生源と思われる場所、そこに倒れている人間のもとに、リュータは目を丸くしているユンタをよそに一直線に駆け寄った。
「…おい!おいって!なにやってんだよお前は!」
「ちょっ…なんだよ、大丈夫なん?なんか色々と。
 …知り合い?」
 遅れておそるおそる近寄って来たユンタに、リュータは少なからず血の気の引いた顔で頷いた。
「お前こないだのパーティー途中で帰ったから知らないんだよな。話したことあるだろ、…ハヤト、だよ」
「え!」ユンタは再び目を丸くして、抱き起こしたリュータの腕の中の少年をまじまじと見つめた。
「それは…また…
 はぁ、…奇遇というか」
「そういやこいつ、学校このあたりだったっけ」
 家と学校が遠いから、歩きでは少し大変だと言っていたのを聞いたことがある。その分スケボーで走るには恰好のコースなのだとも。出会ったばかりの頃の事が頭をよぎって、リュータは吐息を漏らした。
「…なんだってこう、こいつはいつもいつも気絶してるんだか」
「あ、生きてんの?」
「縁起でもねーこと言うなっつの!生きてるよ、怪我とかもないし…」
 そう、これだけの範囲の焦げ痕の中心にいるというのに、ハヤトの体には火傷どころか服の焦げ一つない。体が少し熱いような気がするがそのくらいだ。これはいくらなんでも不自然な状況である。どうやら同時に気付いたようで、リュータはユンタと顔を見合わせた。
「う…ん」
「あ、起きたさ」
 ハヤトが軽く身じろきをしてゆっくりと目を開いた。黒い瞳がさまよい、目の前にあるリュータの顔をとらえる。
(う…既視感)
「あれ…リュータさん?」
 ぱちぱちと瞬きをしてハヤトが言った。「何してるんですか?…て、あれ、僕…いててっ」
「何してる、じゃねーだろー…」
 少なからず(色々な意味で)ほっとして、リュータはようやく肩の力を抜いた。
「何してんのか聞きたいのはこっちだ」
「!そうだ…!」
 ようやく気絶する前の自分の状況を思い出したらしく、ハヤトは慌てて身を起こした。
「大変なんです!なんか急に襲われてそれがよくわからないモノで、首とか絞められるしまだその辺にいるかもっ!」
「落ち着けって。え、何に…襲われたって?」
「だからなんかよくわからないモノです!」
「…あのな、それじゃこっちも分から…」
「うぉーい」
 いつの間に移動したのか、少し離れた位置でユンタが暢気な声をあげた。
「それって、こいつのこと?」















 やや離れた位置の電柱の陰、闇がさらに濃くなった場所にそれはいた。と、いうよりは、ぐったりともたれかかっていた。
「てゆーかこれは、吹っ飛ばされて思い切り叩き付けられたって感じさね。うお、後ろの壁ヒビ入ってるさ!ちゃんと生きてんのか?」
「…こいつなのか?」 リュータがそれを顎で指し示した。
「はい、…いや、多分。何しろいきなりで訳分かんなかったから」
「人…?」
「の、形には見えるけどなぁ」
 実際それは人間の形をしていた。すなわち胴体から頭と、手足が二本ずつ。だがその手首から先は、中世の騎士がするガンドレットのように重たそうな金属で覆われていた。かと思えば反対に足先はサポーター(のようなもの)を巻き付けただけの素足で、なにやらやけにアンバランスである。そして、この人間のようなものが決して普通の(?)通り魔などでは有り得ないと決定的に思わせるのが、頭部…というよりも顔面の部分だった。
「ロボット…なんでしょうか」
「でも体は人間ぽいぜ。サイボーグとかじゃねえの?」
「もしもーし。何か違和感なく話進めてるけど二人とも、ガスマスクっていうの見た事はないんさ…?」
「「へ?」」
 正直あきれた、といった風情のユンタの台詞に、二人は揃って間抜けな声をあげた。
「そういうわけで、マスクなんだから多分…」
「ちょ、ばか待てって!」
 無造作に『そいつ』の頭に手を掛けたユンタにリュータが思わず悲鳴じみた抗議の声を上げる。だがユンタはお構いなしにその後頭部の辺りをごそごそと探った。
「ホレ、外れた」
「え」
 一瞬前の言動も忘れてリュータもハヤトも思わず身を乗り出す。マスクが自重でごとりと膝の上に落ち、その下にあるものが、夜闇の中にあらわになった。
 三つの喉が、ごくり、と鳴った。