4.


『めんどーかけてんな 悪い悪い でももうしばらくよろしくたのむ DTO』

「なにをよろしく…?」
「さあ」
 ようやく放課後になり外に出ると、リュータが校門に背を預けて待っていた。どうやら高校の方が早く終わったらしい。特に通り道でもないのに迎えに来る必要もなさそうなものだが、やはり、どこかで彼も不安でいるのだろうか。だが中学校の校門の前に長時間佇んでいるにはその風貌は色々な意味で人目を引き過ぎたようで、ハヤトが出てきた時には好奇心満々の女生徒達と警戒心びりびりの教師のどちらかに今しも声を掛けられる寸前だった。本人はさっぱり気付いていなかったが。意外な所で鈍感だ、とハヤトは思った。
 ともかく、速攻でリュータを回収(?)しその場を離れて。道すがら手渡したのが、先程二つ隣クラスの担任から手渡されたもの――
 朝の職員室を騒がせていた不良教師の置き手紙である。
 そこに印されていたのは、DTOからのハヤトへのメッセージだった。
「意味はわかりませんがね」
 ハヤトは朝よりさらに暗い気分になっていた。というより、単純に疲れてしまっていた。隣の隣(略)が教師のくせに考え無しに教室まで直接手紙を渡しに来てしまったために、クラス中の生徒たちから半ば暇潰しがわりの質問攻めにあってしまったのである。隣(略)自身の、何かDTOのこの突然の奇行に関して知っている事があるのではないかという切羽詰まった詰問に知らぬ存ぜぬで通し切るのでさえやっとのことだったというのに、踏んだり蹴ったりの二重苦労だ。特にビス子はしつこかった。ハヤトは彼女のものおじしないというか遠慮がないというかの性格を普段はわりに好ましく思っているが、こういう場合はうっかり縁を切りたくなる要因だ。まあそんなことはどうせできないから小学校から今まで縁が続いているのだが。そろそろ腐れ気味である。
「まーなんにしても、そのなんとかいう教師、こんなもんを残していくってことは」
「完全に確信犯決定ってことですよね…」
  あああ、と嘆きの声をあげてハヤトは天を仰いだ。
「なんだってんだよ、もおー」
「ますます訳が分からなくなってきたな…」
 リュータも目の間を揉みながら息をつく。
「よろしく頼んでるからにはお前になんかさせたいんだろーが、肝心なことが何一つ書いてねーし。
 …結局、『あれ』がなんなのかとか」
「あれって…」
「家で寝てる、アレだ」
 リュータはそう言うと、常態からどことなくだるそうな雰囲気を纏った表情の中、目元の部分だけをす、と引き締めた。
「お前を襲った理由がわからんことを差し引いても見てりゃなんとなく分かるこったが、ありゃーどうみても普通じゃねえだろ」
「まあ…
 人間、というか、『地球人』じゃないだろうってことは分かりますけど」
「それだけじゃねえよ」
 さらに思考を辿るように視線を俯かせる。この少年が、見掛けよりずっと深く、考えに沈む質だということはハヤトも知っていた。それは彼自身にとってはうっとおしいだけの性癖のようだが、苦労して導き出される結論はいつも整然と整っている。こういうときは頼りになるかもしれない。
「確かにここ10年くらい…ポップンパーティーが始まってからか、よくわかんねー奴らがうろついてんのが珍しくなくなってるがな」 「メルヘン王国の存在が初めておおっぴらになったんでしたっけ、確かその時に」
「らしーな。まー、その頃は俺もガキだったから細かいことはよくわからんが。
 で、それ以来メルヘン王国どころかさらにその雲の上からやら、カンケーねえのにいきなり宇宙人が来たりやら、一気に世界中が遊園地だかファンタジーの中だかみてーになっちまっただろ。ガキだったっつってももうとっくに物心はついてたから、けっこうビビった記憶あんだよな。まあそのあと大はしゃぎもしてたけど」
「そうなんですか」
 当時ちょうど物心つくかつかないかだったハヤトの世代にとっては、そのあたりの出来事は親などの又聞きで客観的に知ってはいてもあまり実感のない話である。こうして今のように、妖怪のバンドグループがテレビを席巻したりふと上を見上げるとUFOが視界を横切ったりすることが、当然でなかった時代があるという方がどちらかというと信じられないくらいだ。
「で、それと『あいつ』のことと、どう話が繋がるんですか?」
「あ、そーだった」
 パーティーに出てるとそーゆー奴らと多く接するだろ、とリュータは言った。
「そーすっと、なんか、そいつらの出身地ごとの違いみたいなもんがなんとなく判るんだよ」
「へ?」
「いや、ホントに」
 自分でも妙なことを言っている自覚があるのが、後ろ頭をごりごり掻きながら少々歯切れ悪くリュータは続ける。
「ホント、そうなんだって。ぱっと見宇宙人なんだか妖怪なんだかわかんない奴とかいるだろ、そういうのでも、しばらく近くにいるとああこいつはどっちだなーってのが判るんだってば」
「はあ…え、マジですか?」
「マジだって」
 今一つ信じられない。少なくとも今まで、ハヤトはそんなことが判ったことはなかった。
「なんかこう、ニオイみたいなもんがあるんだよな…。んな目で見んなよ、まあそういうことにしとけって!…でまあ、つまりなんなのかってーと」
 リュータはそこでひと呼吸おいて、唇を湿した。
「『あいつ』からは、そのどんなニオイもしなかった」
「え?…って、どういう」
「そのまんまだ。

 あいつは地球人じゃない。でも俺の感覚が正しいんなら…宇宙人でも、メルヘン王国の住人でもねーんだ」

  ハヤトの足が思わず止まった。タイミング良く脇を吹き抜けて行った風の温度に、ほんの少し背筋が冷える。
「それって…じゃあ、なんなんですか?
 ―――『あいつ』は」
「そこまではさすがに分かんねぇよ。
 ただ…」
「ただ?」
「いや」
 つられて数歩先で立ち止まったリュータの、視線が一瞬、遒巡を映して揺れる。
「わり。なんでもねーや。
 ほれ、さっさと行くぞ」
「あ、はい」
 そうして再び歩き出した体に、纏わり付くものがあるような気がする。ハヤトは感じた。なにかの意思が自分を、その周りのものらを搦め捕ろうとしているような―――
 思わず振り仰いだ天には、もういくつかの星が瞬き始めている。そのきらめきが昨日とまるで同じようで、ハヤトはまた少しだけ身震いした。