「ぶっこ…て、ええええ!?」
「またお前はそーゆー…」
 片方は思わず声を上げ、もう片方は頭を抱える。対照的だが意味するところは同じ、すなわちンなアホなという二人の反応にも微塵もめげる様子を見せず、ユンタはますます楽しそうに言葉を続けた。
「だあってこんなあっからさまな物証が手元にあるんだぜ?うだうだ考えずにまずそれから隅々まで調べ尽くす方が早いに決まってるさー」
 その理屈はとりあえずは正しかった。が。
「下手に触ったらやばいかもしれないだろ!」
「ていうか明らかに調べるだけですむニュアンスじゃなかったですよ…今使った単語は…」
「じゃー調べるだけ。ならいいだろー?とっととしようぜ、ほれ、出せ。」
 ん、と掌を差し出すユンタ。ハヤトはしばし無言の抵抗をし…10秒ほどして諦めた。
「おおーい…」
 リュータの抗議の声はしかし抵抗としてはやや力不足で、時計はあえなくユンタの、そこばかりは白っぽく見える掌に転がり落ちた。鎖が恨み言を言うようにしゃらんと音を立てる。
「じゃーとりあえず内部構造から〜♪」
 そういえば、面白半分にラジオとか目覚まし時計とか解体したがる子供っているよな…と、ふとリュータは思った。そして犠牲になった物たちは二度と元の姿にはもどれないのだ、とも。
「ん?んんんん??」
 しかしどうやら子供は最初の一歩で何かに躓いたらしい。怪訝な顔をして物を矯めつ眇めつしている。こういう場合、あっさり諦めて放り出すケースが多い…ではなく。
「なんだ、どうした」
 ユンタがこちらに顔を向ける。何やら戸惑っているような情けない目だ。
「なんか……開かない?」
「…そりゃ残念だったな」
「いや、つーか…。繋ぎ目、がないんだけど」
「…繋ぎ目?」
 ユンタがほい、と時計を渡してよこす。受け取ったリュータは、先程のユンタと同じようにそれを矯めつ眇めつしてみたが、なるほど確かに、本体には蝶番で繋がれた蓋以外に開きそうな部分が見当たらない。裏側を見てみても一枚板でつるりと繋がっているだけだ。これではどこから部品を入れるというのだろう。文字盤の部分を見ても硝子は金属部分の下に嵌まり込んでいて、やはり外れるようには見えない。
「開かない…な」
「だろぉ?」
 ユンタはむずがる子供のように頭を反らせてくそーつまんねーさ、と言い、次にやっぱぶっ壊すか、とぼそりと呟いた。結局そうなるのか。
「トンカチねーの?漬け物石でもいーさ」
「って直接的過ぎるわ!それと普通一人暮らしの野郎の家で漬け物は漬けねえ!!」
「なんだよ漬けろよ健康的だぞ」
 とりあえず無視してリュータは時計をハヤトに放り返した。…もうこいつに触らせること自体が良くない結果を招く気がする。
「れ?」
 だがそこで、今度はハヤトが妙な声を出した。
「なんだ?」
「いや…
 開いたんですが」
「ああ!?」
 一瞬、耳を疑う。だが確かに時計の裏側が、外周1cmほど残してぱっかりと開いていた。中には歯車やらなにやらの部品が顔を覗かせている。
「なんで!?何した!?」
「え、何したって普通に…え?なんで開かなかったんですか?」
 リュータとユンタは顔を見合わせた。
「まあいいさ、とりあえず開いたんだから中だ中!」
 それもそうだ。気にはなるが今はとりあえず好奇心が先に立ち、3人は顔を突き合わせて、小さな時計の小さな穴の中を覗き込んだ。
「いや…でも…」
「うーむ」
「普通ですね」
 そもそも時計の内部、というものをそうそう見慣れているわけでもないということは残念ながら3人とも共通しているのだが、それを差し引いても目立っておかしな部分は目に入ってこない。おぼろげに分かるのはせいぜい電池で動いているのではなさそうだ、ということぐらいである。
 てことはゼンマイ仕掛けとかなのか?とリュータは思ったが、生憎と自分の知識の中にそれを判断する材料はなかった。
「なあんだ…もっとこう、あきらかにおかしい構造とかになってるかと思ったのに」
 ユンタがまた不満がましく言った。
「あきらかにって、例えばどんなんですか」
「うーん、たくさんのこびとさんが一生懸命歯車を回しているとか」
「ありえんわ!」
「わかりませんよ!メルヘン王国産とかならありえるかも!」
「…こんなのの意見をフォローしなくてもいい…ハヤト」
 なんだか必要以上にがっくり肩を落として、リュータはとりあえず時計を元に戻そうとそこらに転がしてあった裏蓋を手に取った。
 と。
 ひっくり返した裏蓋、の裏に、ちらりと目に入るものがある。
「…なんだこれ」
 それは、一見すると引っ掻き傷のような、良く見るとはっきりと目的を持って刻まれたのだということの判る、浅い溝の羅列だった。浅過ぎてかなり急角度から見ないとわからない。上下左右をくるくる回しながら目を細めてみると、どうやら何かの綴りであるらしいことが伺えた。
「なになに?」
「なんか、書いてあるんですか」
「ちょっ、待てって…」ただならぬ雰囲気に身を乗り出してきた二人を片手で払いながら、リュータはなんとかその意味を読み取ろうとする。「アルファベットか?…ええと…n、u」
 口の中で呟く。しばらくもごもごと言った後、眉間に皺を寄せていた表情がすっと引き締まった。
「どうしたんですか?」
「おい、なんて書いてあったんさ」
 問われてリュータは、一瞬二人の方…というよりは、ハヤトの顔に意味ありげな視線を寄越した。そして、読み取ったことばを読み上げる。



「numbers:00J master

…DTO」