「先生は、俺の夢について、どう思いますか?」

「ん?」

 ――これは。

「そうだなあ…」

 いつの、ことだったか。

 教室。差し込む西日。二人のほかにだれもいない。先生は――DTOは、職務にあるまじくも教卓に腰掛けている。
 自分は立って、その正面から少しずれたところにいる。
「いい夢だと思うさ。好きなことがある。それを突き詰めたい。だからその職につく。これ以上ない純粋なかたちだ…夢ってのは、本来みんなそういう風であるべきだよなあ」
 先生はそう言って、カラカラと笑った。
 ――そう。これはいつだかの放課後、先生と長い話をした時の記憶だ。
 ということは…
 これは、僕の夢なのか。
 今度は、間違いなく―――

「だけどスケボーだけで生きていくことなんてできませんよ」
「できるさ」
「できるかもしれないけど、そんなのはほんの一握りです」
「じゃあその一握りになればいい」
「…言うだけなら、簡単ですけど」
 あの時僕は、迷っていた。今でも迷っているけれど、それよりもずっと、まるで闇の中を歩くように。それがほんの少し解消されたのは、この少し後、リュータさんと会ってからのことだった。
 だから僕はこの時、拗ねたように――実際いくらか拗ねた態度で、先生の言葉と向き合っていたんだ。
「若いくせに後ろ向きだな、お前は。まあ、それだけ考えてるってことなんだろーが」
 そんな僕の様子に、先生は今度は苦笑して――そして、しばらく、口をつぐんで。
「俺はな」
 そして、…今、思うと、最後に会ったあの時と良く似ていた―――真剣な色を、その内に秘めた瞳で言った。

「本当は、教師になれなかったんだ」

「え…」
「…いや、今はちゃんと教師だがな。別に無免許教師だとかじゃないぞ。そんな疑いの目で見るなよオイ。まあ、昔から教師になるのが夢だったけど、一度それとは別の道を選んで…
ま、その後色々あって、今結局こうして中学校の教師職だとそういうわけだ」
「そうだったんですか」
 少し意外だった気もしたし、そう意外でもないような気もした。何しろ型破りな人だから、何をやっていてもおかしくないように思えるし――しかし、先生でないこの人など、想像できないようにも、思える。
「だから結局、その別の道は捨てちまったかたちではあるんだが…だけどな、夢がかなわなかった時の自分も、その時の生活も、俺はダメだったなんて全然思わないぜ。
 それは俺が、きちんと納得してその道を選択していたからだ」
「納得…」
「そう」
 先生は足を組み替えて、背中を少し反らすように、天井の一点を見つめるようにして、続けた。
「…つまりはな。何が一番いい道かなんて、決めるのは自分の気持ち一つだってことだよ。肝心なのはお前の気持ちだし、それ以外に肝心なことなんて、本当は何一つとしてないのさ」
 だから今は迷っとけ、と、先生は僕の顔へ視線を戻して言った。
「気持ちを固めるまではな。そうして迷い抜いて固めた気持ちなら、それかどんなでも、お前にとってけして間違いではないはずなんだから」
 気持ち。
 は、と吐息をもらして、僕はゆっくり瞬きをした。
「そうですね…そうなのかも、しれませんね」
 それならば今はまだ。
 迷っていてもいいんだろうか。
「そう思うと、ちょっと、楽になるような気がします」
「そりゃあ重畳だ」
 先生はそう言うと、いつものように、にいっと不敵な笑みを口元に浮かべてみせた。
「――先生」
「なんだ。まだ何かあるのか?」

「先生は、じゃあ、今の自分には納得しているんですか?」

 その質問に。
 何を言ってるんだ、というように笑って、


「俺は、こうしてお前達の先生でいる今が、今までで一番幸せだよ」


 先生は答えを返した。
 だけど、何故だろう。
 記憶の中の先生の笑顔は、どうしてか―――
 どこかさびしげな顔をしているように、僕には見えた。