9.


 ようやく放課後になり外へ出ると、リュータが校門に背を預けて待っていた。
「あ」
「………」
 見詰め合ってしばし。
「…な ん で 普通に学校行ってんだお前はーーーー!!!」
「わーー!ごごごめんなさーーーい!!」
 中学校の前に二人の少年の叫び声が響き渡った。






「いや、一応言い訳させてもらいますけど…」
 学校近くの某バーガーショップ。全国どの町でも変わらぬそれなりの味と値段を提供するこのチェーン店は、今も放課後の暇と空腹を持て余した学生達でそれなりの混雑を見せている。
 その一角の4人席、ユンタが場所を取って待っていた場所に落ち着くと、ハヤトは即刻そう切り出した。
「その、置いてかれたとこ、駅前通りの一本裏道にある近日取り壊し予定の閉鎖ビルだったんですけど…そこから出て、ちゃんとすぐにリュータさんちに行ったんですってば。
…でも、なんだか雰囲気があやしくて…人が何人か部屋の前に固まって話してるし。なんか…警察呼ぶとかなんとか聞こえるし…」
「おー。やっぱりしっかり騒ぎになっとったんだなー。ほれ、あん時早めに逃げといて正解だったろ?」
「うるさい…お前がそれを言うな…」
 ユンタが完全に人ごとのように脳天気に言い、対してリュータは世界の終わりのごとく絶望に満ち満ちた声で応えた。顔色も良くなく、フライドポテトの破片を大儀そうに口に入れる。
「つうか携帯の番号、教えてあんだろーが。連絡ぐらい入れろよ」
「いや…それが、」
 ハヤトは気まずそうに瞳をあさっての方向に泳がせると、歯切れ悪く弁解を始めた。
「家に帰ったら…まああたりまえなんですけど超説教喰らって、なんで朝帰りになんかなったのかっていう言い訳に…」
「あー、もしかして俺達に夜通し引っ張り回されたとか言っちゃったんさ?」
「う…。…そんな感じで…
 だから、家じゃ電話とかできる空気じゃなくって…。そんで延々説教のあと、時間ギリギリに学校は休むなって放り出されるし」
「……」
「こ、個人名は出してませんからっ」
「………」
「うう、だって他に思い付かなくって!」
「別に、そんなことはどうでもいいんだよ」
 リュータは憮然とした表情のまま、普段より2オクターブは低そうな声で言った。ひどく虫の居所が悪そうだ。まあ、完全に巻き込まれた形の揚句家にまで帰れなくなってしまったのだから機嫌がいい方がおかしいのだが。
「あの…」
「なんだ」
「…怒ってます?」
「ああ」
「ごっ…ごめんなさいっ!」ハヤトは、テーブルにぶつけそうな勢いで思い切り頭を下げた。
「こんなことに巻き込んで…。部屋の修理代とか、一生かかってでも絶対弁償しますから!」
「いや、ハヤトちゃんそれ大袈裟…」
「だから、なことはどーでもいいんだよ!!」
 どん、と怒声と共にテーブルに拳を叩き付けて、リュータが二人分の言葉を遮る。ハヤトもユンタも目を丸くして硬直した。
「音沙汰はねーし、こっちから家に電話するわけにもいかねーし…。他にどうしようもないからって学校行ってみりゃあふっつーにのこのこ出てきやがって…!
 昨夜からこっちがどれだけ心配したと思っ」
 そこでなぜか、唐突に不自然な位置でぶつりと台詞を途切れさせるとリュータは下を向いて黙り込んだ。そのまま待てど暮らせど顔が上がらない。
「え…と、リュータさん…?」
「あー!」隣に座ったユンタが、突然リュータを指さして大声を上げた。
「お前、まさか、泣…」
 目も上げずに繰り出されたリュータの拳は、狙い違わずユンタの鳩尾にクリーンヒットした。









「…それで結局あいつの目的は件の先公だけだったと」
「そう…ですね、多分ですけど」
 程無くして何事もなかったかのように会話は再会された。ユンタだけが未だに立ち直れずトレーにつっぷして恨みがましく呻いている。
「で、お前はもう狙われることはないと」
「…そうですね、多分ですけど」
「そーかそーか」うんうん、と深く頷くリュータ。
「じゃあもう何も問題ないな」
「え。いや、あの、先生がしんぱ…」
「見捨てろ」
 やけにきっぱりとリュータは言った。
「えぇ!?」
「えーじゃねえ。あのなぁ、こんなしなくてもいい苦労をする羽目になったのは誰のせいなんだか考えてもみろ!これ以上わざわざ首突っ込む義理なんかこっちにはねえだろが」
「ぎっ、義理ならありますよ、ほら、…えーと…担任だし!」
「そんな薄い関係性の為にいちいち身の危険にさらされてたまるか!…とにかく、せっかく関係なくなったんだから、もうほっとけ。お前だってこれ以上親の心象悪化させたら困るんだろ?」
「う…」
 確かに、リュータの言うことももっともだ。もっともなのだが…
「まー、いーんじゃねーの?」
 ようやくトレーから顔を上げたユンタが言う。
「どの道、あいつの居所も先生さんの居所もわからんのじゃ今こっちからできることなんてないんだろ。だったら、心配もするだけただの時間の無駄使いさ。それに…」
 ユンタはに、と口角を上げて笑った。―――どこか、腹を空かせた獣を連想させる、獰猛な感じに。

「ほっといてもどうせまた会うことになるさ。あいつと、ハヤト、お前はな」

 ハヤトは、くわえていたストローからごくんとコーラを飲み込んだ。喉を通る、その感触がやけに冷たい。
「…どうして、そう思うんですか」
「ん。勘?」
「勘でそんな不吉なこと言うんじゃねえよ…」
「不吉?俺はむしろまた会いたいと思うけどね〜」
「また喧嘩がしたいってだけだろうがお前は!」
「わかる?」
 放っておいても…か。
 ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた二人を尻目に、すっかり冷めてしまったハンバーガーの包みをがさがさと開きながら、ハヤトはぼんやりと考えに沈み込んでいった。